世界録

二十年ほど前、女神ティリスにより見出された一人の召喚師がいた。
類稀な召喚術の才能を持ったその召喚師は、当時、魔神討伐隊の若き隊長たちであったカルやセリア、ルジーナらとともに、かつてグランガイアで、人類を滅ぼしたという神々に立ち向かった。
幾多の激戦の末、ついに彼らを討ち、グランガイアに平和を取り戻した、その召喚師の活躍は、今もエルガイアに語り継がれている。
ともに戦ったカルたちは今や召喚老として、アクラス召喚院を率いる立場にあるが、その召喚師は、神々を倒した後、女神ティリスとともにまだ見ぬ世界を旅するため、異界へと旅立っていった。
今もなお、どこかの異界にあるであろうその召喚師の存在は、エルガイアの若き召喚師たちにとって「伝説の召喚師」として、神格化されており、多くの者が憧れと尊敬を抱いて止まない。

アクラス召喚院を作った「最初の召喚師」オーンと、そのパートナーでありともに召喚院の礎を築きあげたグラデンス。そして、ウォーロンの三人が、初代「召喚老」として、長らくエルガイアの召喚師たちの頂点に君臨していた。

A.I.E.288。
現在から12年ほど前、グラデンスが80歳になったのをきっかけに、「伝説の召喚師」とともに戦ったカルたち三人に召喚老の地位を譲った。
その際、筆頭にはカルを指名。セリア、ルジーナはこれに対して、特に異論を挟むことはなかったという。
オーンは召喚老を辞して間もなく、エルガイアを旅立って現在は消息不明。ウォーロンはその数年後に他界した。
グラデンスだけが今もエルガイアに残り、顧問として、ごくまれに召喚院に顔を出すこともあるらしい。
※A.I.E.300現在のアクラス召喚院組織構成

召喚老(筆頭カル、ルジーナ、セリア)
 ┃
 ┣ 管理局(局長セラ)
 ┃ ┃
 ┃ ┣ 管理課
 ┃ ┃
 ┃ ┣ 経理課
 ┃ ┃
 ┃ ┣ 情報システム課
 ┃ ┃
 ┃ ┗ 外務課
 ┃
 ┣ 開拓局(局長ルジーナ兼務)
 ┃ ┃
 ┃ ┣ 調査部
 ┃ ┃ ┃
 ┃ ┃ ┣ 調査課
 ┃ ┃ ┃
 ┃ ┃ ┗ 後方支援課(課長ライル)
 ┃ ┃
 ┃ ┗ 異界調査室(室長ルジーナ兼務)
 ┃
 ┣ 開発局(局長ノエル)
 ┃ ┃
 ┃ ┣ 研究開発課
 ┃ ┃
 ┃ ┗ 召喚術研究所(所長ノエル兼務)
 ┃
 ┣ 魔神討伐隊(総隊長セリア兼務)
 ┃ ┃
 ┃ ┣ 護冠魔神討伐隊
 ┃ ┃
 ┃ ┗ 一般魔神討伐隊
 ┃
 ┗ 正規召喚軍(最高司令官カル兼務)

顧問:グラデンス

A.I.E.290。
今から10年ほど前に、アクラス召喚院は高度な技術文明を有する異界「イクスタス」の存在を検知した。

既にアクラス召喚院では、伝説の召喚師たちが活躍した時代から、グランガイアやイシュグリア以外の異界についても研究を進めており、エルガイア連邦のアベル機関が崩壊した後、彼らが有していた情報や知識技術を吸収することでさらに発展。異界の存在を検知するシステムの開発に成功していた。

そのシステムに、それまで何もないとされていたエリアに、突然、大きな異界の存在反応が出現したのである。

急にその存在が発覚した理由は、同地の科学者グスタフ・ファブラスカが、亡命のためにイクスタスの存在を他の異界から隠匿していた「シールド」と呼ばれるシステムをダウンさせたことによるものだった。

アナにより、イクスタスの反応を知った開発局長のノエルは、召喚老ルジーナとその当時はまだ若手であった召喚師ロイとともに、次元間移動システムで同地に急行。

折しも、グスタフを捕縛しに向かった警備兵たちが何者かの手で惨殺されたことに動揺していたイクスタス政府の高官たちと交渉し、技術力と軍事力の交換による交流を持つことに成功した。

その後、グスタフ・ファブラスカは依然として行方不明のまま、イクスタスの警備兵たちを襲った存在も謎のままとなった。

しかし、この時期より、アクラス召喚院はいくつかの異界で暗躍する組織の存在に気づき異界調査室の室長を兼務するルジーナを中心に、その調査を継続してきた。

その後、イクスタスとの交流により、アクラス召喚院の技術水準は飛躍的に向上する。

それまで大まかな把握でしかなかった、異界間の位置関係。界座標と呼ばれる、次元位置情報。界周波を同調させることで、正確な位置に次元間移動する技術など、二つの異界のつながりがもたらした効果は抜群であった。

さらに、近年では共同による研究開発も進みそれらの一つの成果として、携帯可能なゲート発生装置の開発も進んでいる。

まだ、充填できるエネルギー量が少なく、ゲートを維持できる時間や発生させる回数などは限定的で、大量の人間や物資は運べない。また、狙った位置への転送精度も低いため、大まかな次元間移動にしか使用できない、など課題はたくさんある。

しかも、携帯転送装置自体がまだ非常に高価で希少なため、現在では召喚老などごく一部の者しか所持していない。

一方、かなり以前から、大型な固定装置であれば、安定したサイズのゲートをオープンし続けることはでき、人や物資の安定した移動が可能になっている。

ただし、そのレベルの施設とエネルギーを運用するのはかなり困難なため、一般の民間組織などが所有できるものではない。

そのため、エルガイアの人々のグランガイア観光などには、アクラス召喚院の協力が次元間移動の面でも、安全や危機管理の面でも不可欠であり、民間のエルガイアトラベルなどの企業と連携してサービスの提供を行っている。

アクラス召喚院には、大きく分けて二つの実戦部隊がある。

ひとつは、正規召喚軍。アクラス召喚院に属する戦闘要員としての召喚師はほぼ全てここに所属しており、その総司令官は召喚老筆頭のカルが務めている。その戦力は、今やエルガイア随一となっており、事実上のエルガイア軍とも言うべき存在である。

そして、もうひとつが召喚師の中でも選りすぐりの腕利きを集めた魔神討伐隊である。年齢や性別、経験を問わず、実力ある者だけを抜擢、招集するその性格から、魔神討伐隊はまさにアクラス召喚院の主戦力と言える。

さらにその中で、召喚院からナンバーを与えられた特別な魔神討伐隊「護冠魔神討伐隊」が存在する。

彼らは、個々に類稀な能力を有しており、特に隊長ともなると、常人からは想像もつかないような、人間離れした実力を持っている。まさにアクラス召喚院の最高戦力と言って差し支えない存在である。

隊員の選別やその人数は隊長の裁量に委ねられており、極少人数な隊もあれば、隊長のみという隊まで存在する。

一番最近結成された隊は、ロイ・バーニンガムが隊長として率いる、第三十一魔神討伐隊「サンクオーレ」であり、A.I.E.299にできた新設部隊である。

その一つ前が、A.I.E.294。
今から六年前に史上最年少の18歳で隊長に就任した、ヨシュア・アルトネンの第三十魔神討伐隊「オーダーオブライト」。天才と称される彼は、召喚老カルのレブルエンス出身であり、師匠筋に当たるカルが昔、ニーヨンのカルと呼ばれていたことから、仲間うちからはサンゼロのヨシュア、と言われている。

魔神討伐隊の総隊長は、召喚老セリアがオーンより引き継ぎ、その務めを果たしている。カルやルジーナもそれぞれ自身の隊を現在も有しており、召喚老全員が隊長を務め続けている。

一部の護冠魔神討伐隊は、その任務の性質上詳細が公にされていないものも存在するが、それらも含めた護冠魔神討伐隊の過去から現在までの状況は以下の通りである。

※A.I.E.300時点での護冠魔神討伐隊

第一魔神討伐隊から第十魔神討伐隊
現存せず。※永久欠番。

第十一魔神討伐隊から第十七魔神討伐隊
現存せず。既に解散。

第十八魔神討伐隊
現存するも詳細は不明。

第十九魔神討伐隊
「ブラッディ・ローズ」隊長セリア

第二十魔神討伐隊から第二十一魔神討伐隊
現存せず。既に解散。

第二十二魔神討伐隊
現存するも詳細は不明。

第二十三魔神討伐隊
「スカイガーデン」隊長ルジーナ

第二十四魔神討伐隊
「レブルエンス」隊長カル

第二十五魔神討伐隊
「ブレイズオブビーピー」隊長ブラスト

第二十六魔神討伐隊
現存せず。既に解散。

第二十七魔神討伐隊
「プラチナノート」隊長ハルト

第二十八魔神討伐隊
現存するも詳細は不明。

第二十九魔神討伐隊
現存せず。既に解散。

第三十魔神討伐隊
「オーダーオブライト」隊長ヨシュア

第三十一魔神討伐隊
「サンクオーレ」隊長ロイ

バーストフロッグ、スフィアフロッグなどの特殊な効用を持つフロッグ種は、召喚術において、ユニットの強化合成に長らく使用されてきた。

昔はエルガイアにもグランガイアにもたくさん生息していたのだが、アクラス召喚院の発展に伴う召喚術の隆盛により、乱獲されるようになったため、野生に生息する姿を見かけることはほとんどなくなり、数年前からはとうとう絶滅危惧種となってしまった。

今では貴重な存在として、開発局研究開発課にて数種数体が厳重に保護されている。

スフィアフロッグに関しては、召喚術の研究により、召喚ユニットを進化させることで、やがてスフィアを複数装備させることが標準的にできるようになったので、基本的な問題は解消した。

バーストフロッグに関しては、召喚術の研究により実際の戦闘経験を積むことで、ブレイブバーストの性能も向上させることができるようになったものの、まだ決して効率的とは言えないため、依然としてフロッグの需要は高かった。

そこで、研究開発課は、バーストフロッグの持つ召喚術の技量効果を上昇させる成分について、そのエッセンスを抽出する研究を重ね見事に成功。

その後、極少量のエッセンスから、人工的にバーストフロッグ何体分もの強化合成効果を得られる素材「バーストクッキー」の生成にも成功した。

しかし、そこまでの莫大な研究開発費と生成にかかるコストから、バーストクッキーは高価であり、帝都ランドールの召喚院ショップでダイヤとの交換で販売されている。

ちなみに、クッキーと呼ばれる所以は、合成素材としての形状が類似しているからなだけで、人間が食べても害はないものの、特に効果があるわけでもなければ、お菓子としてのように美味しいわけでもない。

表面にバーストフロッグの刻印がされているのは、研究者たちのフロッグへの感謝の表れであろう。

約二十年前の「伝説の召喚師」らの活躍により、グランガイアで人類を阻害していた神々はほぼ全て倒され、現在のグランガイアは勢力として同地の支配を企む存在がない平穏な時が続いている。

エルガイアの人間たちは、グランガイアに危険な存在や異常事態が生じると、アクラス召喚院が中心となって対処し、その安定の維持に努めている。

この二十年で、同地の開拓は進み、一般人が利用可能な交通の便も発達、現地に職務として常駐するエルガイア人も増え始めている。

ランドール皇国、アクラス召喚院と民間の旅行運営団体エルガイアトラベルの共同出資による港町がミストラル南西の地に建設されると、大陸間の移動が連絡船によって安全かつ効率よく行えるようになった。

とあるベテラン召喚師は「昔に比べたら、まるで目的地を指差せば瞬間移動できるかのような快適さだ」と甲板で昼酒を呷りながら、その喜びを語ったという。

現在は、グランガイアの多数の地域に港が築かれ、サーマ王国へのアクセスも可能となっている。

エルガイアと比較すればまだまだ危険地域や生物の多いグランガイアであり、アクラス召喚院の護衛やガイドつきでの観光目的以外で一般人が訪れることは少ないが、このまま開拓が進んでいけば、やがては人類の第二の故郷として繁栄を取り戻す未来も、そう遠くはないかもしれない。

ランドール皇国は、グランガイア大戦で難を逃れた人間たちがエルガイアに腰を下ろしてから、約二百二十年後に誕生した、初の大規模統一国家である。

建国の祖で初代皇帝であるアグレスは、グランガイア大戦で、エルガイアへ人々を導いたとされる英雄リードとルカナの血を引くとされ、以後、代々その血筋により皇位は継承され続けている。

ランドール皇国は、皇帝とその周辺の貴族たちによる強力な中央集権国家として、長らくエルガイアの中心として存在してきたが、アクラス召喚院が約六十年ほど前に創設されると、次第に軍事力の面では、召喚院に水をあけられるようになっていった。

二十年ほど前には、建国以来ランドールの軍事中枢を担っていた「インペリアルガード」の隊長エリオールが反乱を企て、アクラス召喚院によって阻止された後に、インペリアルガードは崩壊。事実上の解散となった。

その際、インペリアルガードに属していた召喚師パリス・ローエンデールは、一時アクラス召喚院に身を置き、伝説の召喚師や現在の召喚老カルたちとともに神々と戦った。

その後、パリスは再びランドール皇国に戻ることを決意。自らも貴族出身でありながら、貴族による専制政治を改め、新しい皇国を築きあげるために、国政へと参与。現在では、皇国政府首相の地位につき、皇国を主導する立場にある。

古巣であるインペリアルガード解散後、しばらく兵力らしきものを持たなかったランドール皇国であったが、数年前、パリスの手により、ランドールセキュリティフォース、通称「RSF」が誕生した。それは軍事組織というよりは警察機構であり、ランドールの治安維持や犯罪等の抑止、取り締まりを目的とした組織である。

元より戦友でもあるカルたちアクラス召喚院の幹部とは現在も極めて良好な関係であるため、ランドール皇国とアクラス召喚院の連携は、もはや国家の枠組みをも超えた、揺るぎないものとなっている。

皇国建国三百周年を迎え、召喚院とも協力して、帝都にて盛大なセレモニーを催す予定であったが、謎の軍勢の来襲により、国家を挙げた一大イベントはその開催さえ危ぶまれている。

エルガイア連邦は、ランドール皇国が建国された後に、それに対抗すべくエルガイア北方の各国や自治勢力が連合したものである。

そのため一枚岩ではなく、ランドール皇国に比べて、その国力も軍事力も全てに劣る。ところが、北方の辺境を含む地勢や支配領域の広さ、また皇国建国直後の政情不安やエルガイア最凶の災厄と言われた魔神の出現などもあり、皇国側も連邦に対して滅ぼす道よりも交渉による共存の道を選んだ。

その後、二百年余りの間、小競り合いや小康状態を繰り返し、両者はエルガイアを二分して統治してきた。

ルシアスの門が開かれ、アクラス召喚院が誕生してからもそれは変わらず、召喚院の本部は帝都ランドールに置かれていながらも、その存在は一貫して独立性を保っていたため、皇国、連邦、召喚院の三者は、個々の事案で衝突することはあっても、大規模に対立関係となることはなかった。

A.I.E.281。
連邦で異界研究を進めていた特殊組織アベル機関とアクラス召喚院の間に起こった、悌神皇アルザ・マスタおよび封神儀を巡る戦いが現在までのところ、エルガイアにおける最後の紛争であり、その時をきっかけに、皇国、連邦、召喚院は次代のリーダーたちの手による新時代へと向かった。

A.I.E.300現在。
ランドール皇国、エルガイア連邦、アクラス召喚院の代表者たちで「エルガイア評議会」が形成され、エルガイア全体の公益のための意思決定が行われている。

その構成メンバーは、ランドール皇国からは政府首相パリス、その副官のテオドア。エルガイア連邦からは政府首相、軍務長官と外務長官を務めるベルツ。アクラス召喚院からは召喚老カル、セリア、ルジーナ。この八名となっている。

さらに評議会の決定で、三者は「エルガイア異界情報協定」を結び、技術や方針をオープンにした上で、アクラス召喚院の研究機関をメインの場として、共同研究を行っている。

アクラス召喚院は、依然として本部を帝都ランドールに置いているが、エルガイア連邦の首都グレイウォールにも、第二の規模の支部が置かれている。

これは、前召喚老で皇国と連邦の間に立って三者間の調整に腐心したウォーロンの功績によるところが大きく、評議会を結成し新たな体制へと移行するために、連邦首脳陣を納得させる役割を果たした。

異界イシュグリアの魔神討伐からアベル機関との確執の中で、ルジーナたち召喚師たちと争いながらも知己を得たベルツ・フェルカーが、外務長官、異界研究所長官を兼務しており、事実上の連邦の顔として、皇国、召喚院との調整役を務めている。

皇国のパリス、連邦のベルツ、そして召喚院のカル、セリア、ルジーナたちにより、現在のエルガイアは、組織の壁を超えて、エルガイアというひとつの仲間としての未来を築きつつある。

しかし、エルガイア連邦ではいまだに過去を引きずる老齢の政府首相や軍務長官、また皇国では世襲制による皇帝と歴史を重んずる貴族階級たちが存在しているため、彼らの目指す理想の確立には、もう少し時間を要するであろう。

ランドール湖は、帝都ランドールを取り囲むように隣接するエルガイア最大の淡水湖である。グランガイアよりエルガイアに逃れた人間たちが最初にそこに腰を落ち着かせたのは穏やかな気候や同地の豊かな水の恵みを考えれば至極当然であったと言える。

人々は湖を見ると、その底に潜んでいる何かを妄想する癖がある。ランドール湖も例外なく、そういった類の逸話には事欠かない。

最も大きな騒動となったのは、A.I.E.254の画家オギュフェによるスケッチ「ランドール湖の竜影」であり、それを信じた人々が湖竜捜索に乗り出した結果、問題が多発したため皇国がランドール湖への出入りを禁止するという異例の事態にまで発展した。

この騒動は、オギュフェ自身が売名目的の捏造であったことを告白したため、急速に収束したが、その後もロマンを求める人々の想像が消え去ることはなかった。

そして、A.I.E.300を迎える現在。
再びランドール湖の不思議な噂が後を絶たない。謎の文様が刻印された石碑を操作すると何やら宝を持った魔獣が出現する、とまことしやかに囁かれている。

噂の発端は、帝都近郊で次のような唄が流行り出したからだと言う。

「雲が立ち込め、雨が降り、太陽が出て
 虹がかかる時、ランドール湖に宝を抱
 きし魔が現れる」

皇国や召喚院は、既に行方不明者が出始め、さらに石碑を探して危険な行為に出る者たちがいないかを警戒しており、近く対策を取ると宣言している。

エルガイアに存在する組織であれば、それが皇国であれ、連邦であれ、等しく異界に関する調査や研究は常に最優先事項として取り扱われてきた。

それは、エルガイアでは次元のひずみが生じやすく、昔から異界の物質や存在が突如として出現する事象が多発していたのと、異界の技術や知識がもたらす影響や恩恵が極めて大きいこともあるが、何よりそれによる被害が甚大であったことが最も大きいと言えるだろう。

得体の知れないものから自分たちを守るためそれが何であるのかを知ることが最も大切であった。

しかし、その研究は容易なものではなく、ほんの20年前まで、エルガイアで最も異界調査に長じていたとされる連邦のアベル機関でさえ、異界とは、かつてグランガイアの大神皇カルナ・マスタが、世界を支配するために戦った際、その強大な力で分断された世界である、というグランガイアを起源とする次元分割説が信じられていた。

実際には、彼らの激しい争いの影響が複数の異界に及んだだけであり、次元はもっと広大に広がっていることが後の調査で明らかになった。

伝説の召喚師と虹の女神ティリスが旅立った後、連邦のベルツと召喚院のルジーナが協力体制を敷いて、アベル機関の異界研究結果をアクラス召喚院の研究機関に吸収することで異界に関する新たな研究は進み、ランドール皇国、エルガイア連邦、アクラス召喚院が連携して「エルガイア異界情報協定」を結ぶと技術や方針をオープンにした異界研究はさらに推進された。

そして、10年前のイクスタスの発見により、飛躍的に異界についての知識・技術が進歩して現在に至る。

主たる調査と研究はアクラス召喚院が中心となって行われているが、技術と研究については開発局が、実地調査など現場活動については開拓局が連携して行っている。

開拓局はかつて、グランガイアの調査を目的に作られたものであったが、現在は異界全てがその対象となっている。

「対異界調査対策室」は、何度か名称をマイナーチェンジし、現在は開拓局内の「異界調査室」となっている。開拓局全体が異界調査部門となった今、異界調査室の必要性は疑問視されているが、ルジーナが室長を兼務して特殊部隊的な扱いとなっている。

イシュグリアの探索や悌神皇アルザ・マスタと封神儀を巡る異界調査で有名なレダ・アルバは相変わらず調査部調査課の部員である。現場に専念したいという理由で、再三に渡る役職就任を断り続けている。

調査部後方支援課に属していたリム・メリルハルムは、十数年前に寿退職して現在は一児の母。A.I.E.293に入局し、その優秀さから順調に出世したライル・ハーストが、現在の後方支援課課長を務めている。

セルタビアと呼ばれる世界は、エルガイアやイクスタスなどから見ると、界座標的にはかなり遠い次元に存在しており、彼らから見れば辺境の異界と言える。

その位置関係ゆえか、セルタビアに住む人々は自分たちの世界以外に、別の世界や次元が存在するとは知らず、豊かな自然の恵みを享受しながら、国家が統一されたり、複数に分かれたりを繰り返しつつ、特段大きな技術的革新などもないまま歴史は紡がれて来た。

最も大きな特徴は、動物や魔獣、精霊などをパートナーとして、その絆の力を持って戦う者たちの存在であり、その起源は歴史書でもはっきりとしないくらい遥か昔から存在している。

セルタビアという名称は、五百年以上も前に同地を統一した国家の名前であり、それがそのまま世界の名称となるくらいに、最も大きく、長く繁栄していた。

その歴史上、最高の名君とされる賢王の時代に、四聖と呼ばれる英雄たちが存在し、現在もその伝説は語り継がれている。彼らもまたパートナーとともに戦う者たちで、セルタビアではこの頃から、彼らを国を守護する騎士「ヴァイザー」と呼ぶようになった。

ここ三百年ほどは、セルタビアはフィルアームとルーメラクス、モルデンカンプという三つの王国に分かれて統治されており、かつて大小の争乱があったものの、直近のここ百年は、大した争乱もなく、国家間の交流は安定している。

現在は、フィルアーム王国でパートナーと戦う騎士のことを指して、特にヴァイザーと呼んでいる。

このような背景から、異界からの謎の軍勢の突然の襲来に、セルタビアの各国たちは対抗する術を持たなかった。辛うじてヴァイザーを擁するフィルアーム王国だけが、国王を始め、市民たちを逃がすことに成功した。

異界の存在を知らないセルタビアにあって、若き騎士や幼馴染のリンを逃がしたフィルアーム騎士団長のアーガスが使った虹色に輝く宝玉の存在は謎を残している。しかし、それを託され、グランガイアで目覚めた若き騎士の手中には、すでに宝玉は存在しなかった。

ネグレス七魔将の沙蛇史ヒルダと煉氷姫ルネ の姉妹は、セルタビアのフィルアーム王国出 身である。双子ゆえに二人で一人の将とされ 八人の七魔将たる所以となった。

約六十年ほど前、フィルアームの先代国王ル ドルフの御代に騎士団の副長を務めた騎士ジ ェラルドが二人の父である。幼くして母親が 病死したため、親子三人で過ごしてきた。

ヴァイザーである父の血を受け継ぎ、姉ヒル ダは大蛇、妹ルネは氷の精霊をパートナーに 持つが、フィルアームで暮らしていた頃の二 人はヴァイザーになるつもりはなかったよう で、ヒルダは将来医者を志していた。

ところが、騎士団長の急死により発生した後 継者問題により、ジェラルドが命を落とす結 果となる。それをルドルフ王のせいだと思い 込んだヒルダは、エルハザの力を借りて国王 を殺害してしまう。

その後、エルハザの誘いによって二人はネグ レスに加わることになった。セルタビアに蔓 延する古の悪魔の力を利用したエルハザの術 で不老の肉体を得たヒルダとルネは、互いの パートナーを活かした氷麗軍を組成する。

ネグレス内においては、グスタフ、ザドに次 ぐ新参であり、主な任務としては陽動や偵察 占領地の事後処理、守備につくことが多い。 ネグレスがフィルアーム王国を攻めた際には アクラス召喚院の動きを牽制するためにグラ ンガイアのサーマ王国への陽動作戦に赴き、 故郷への侵攻には参加していない。

常に冷静なヒルダに対し、ルネは天真爛漫で 天然ボケなところもあるが、本気になるとそ の戦闘能力は姉を遥かに凌駕する。そのため ヒルダは、妹は父似であり、自分は母似なの であろうと考えている。

10年前のイクスタス発見の頃から、アクラス 召喚院は各地の異界で暗躍する謎の軍団の存 在に気づいていた。

イクスタスとの交流で異界調査技術が革新し て以降、複数の異界で多数の次元間移動の反 応や生命反応ロストを検出していたからであ る。

ところが、反応を検知する度に、調査や実戦 部隊を投下しても、ことごとくその存在は既 に消え去った後であり、具体的な証拠は何ひ とつ掴めなかった。

そんな中、数ヶ月前にそれまで蓄積してきた 反応の分析結果から、ここ数年間の反応が交 差しているひとつの異界の存在が浮かびあが った。それが、異界バダ・ファナである。

召喚院はそれまでの調査の失敗から、バダ・ ファナにはごく少人数での隠密調査を実施す ることを決め、慎重に準備を重ねて、召喚老 のルジーナとハンスのみが次元間移動するこ ととなった。

同地の地表は、生命体が生存するには適さな い有毒物質が空気中を漂う不毛の大地であっ た。ルジーナたちは到着すると同時に、事前 に調査済みであった、地下施設へ潜入すべく 行動を開始するが、召喚老カルから、未確認 地点の遠い次元で大量の生命ロスト反応があ ったこと、また、グランガイアにも大規模な 次元間移動が複数検出されたとの連絡を受け る。

その直後、その場に存在するはずのない少女 と子犬を発見。それは、セルタビアの地から 次元を超えて飛ばされて来た、フィルアーム の騎士リンであった。

その後、一行は地下施設に潜入した結果、そ こがネグレスという軍団のアジトであること を知るが、既に本体はそのアジトを引き払っ た後だった。

今から10年前にその存在をエルガイアが認知 した異界イクスタスであるが、彼らはそのさ らに10年近く前、アクラス召喚院の召喚師た ちが訪れた異界ベクタスにかつて暮らした人 間たちの末裔であった。

ベクタスは高度な科学文明を持つ世界であっ たが、科学者レイスの研究していた六鎧と呼 ばれる兵器研究の産物である「メルキオ」に より崩壊した。

その際に、同地を逃れた一部の人々はイクス タスへと移動した。そこで、彼らは持ち前の 技術で小規模ながらも都市を築き、ベクタス を偲びつつもより安全な世界を創り上げるこ とを期して、それをイクスタスと名付けた。

ベクタスが滅んだ教訓から、技術を用いた軍 事研究には、厳しい規制をかけたため、やが て異界からの侵略の防衛力が問題視されるよ うになる。

その解決方法として、異界からの干渉を受け ないよう、次元界に流れる界周波を周囲のも のに同調させてイクスタス自体の界座標を探 知できないようにするとともに、たとえ界座 標が検知されても、イクスタスの界周波への 同調を防ぎ、内外からの次元間移動をできな くするシステム「シールド」を発明。

この結果、長きに渡ってその存在が周囲の異 界から知られることはなかった。

グスタフ・ファブラスカは、イクスタスに生 を受け、十代にして技術開発庁の主任研究員 となった天才科学者である。

その研究分野は多岐に渡り、将来の長官候補 として周囲から大いにその未来を嘱望されて いた。ところが、科学者としてキャリアを積 むにつれ、ベクタスにおけるレイスの研究へ の関心が日に日に強くなり、特に六鎧につい てのめり込むようになる。

その頃から、軍事研究の規制について批判的 な態度を取ることが多くなり、少し後輩のシ ールド技術主席担当研究員クロエ・ベルフラ ンとは、反りが合わずに度々口論になったと いう。

その後、三十代半ばにて事故で妻と最愛の息 子を失うと、さらにその奇行には拍車がかか っていった。自らもその事故の際に顔面に大 きな怪我を負ったため、それを覆い隠す目的 もかねて、自作の機械面を常に装着するよう になり、技術開発庁の仕事も疎かに、何やら 個人的研究に没頭するようになる。

そして、A.I.E.290。
当時のイクスタス政府首相エドモン・グラニ エは、技術開発庁長官となっていたクロエと ともに、グスタフの危険な兵器研究の証拠を 掴み、その身柄の拘束に動き出していた。

ところが、事前にその動きを察知していたグ スタフは、イクスタスの対異界防衛システム 「シールド」にウィルスを混入してダウンさ せ、その隙に異界への逃亡を図る。

イクスタス郊外の邸に異界転送装置を準備し ていたが、すんでの所で警備兵たちに電源を 落とされ、取り囲まれたことから観念して投 降した。

しかし、そこにシールドダウンの隙をついて ネグレスのエルハザとシャイアが出現。彼ら は、イクスタスの警備兵たちを瞬殺すると、 自分も殺されるのかと怯えるグスタフに手を 差し伸べた。

グスタフ・ファブラスカはその時から、ネグ レスの忠実な一員となった。バダ・ファナに 連れて行かれた彼は、同アジトの地下をさら に拡張して、自身と主として仕えるエルハザ のための研究施設を整備。

数年後には、結婚する前から続けてきた六鎧 研究の集大成として、羅殲鎧ザドを完成。そ の性能からザドとグスタフはネグレスの幹部 として認められ、七魔将が誕生した。

ネグレス七魔将の爆炎獅バラガンは、手下の 魔獣たち「破獣軍」を率いる猛者である。 ランフォード、エルハザ、シャイアを三帥、 その他を四鬼とし、ネグレスでは上下関係が 構築されてはいたものの、バラガンはその関 係を超えて立ち居振る舞うことが多かった。

それは、彼がネグレスに参加した経緯にも理 由がある。

バラガンの出身はイシュグリアであり、獅子 獣人の一族であった。百数十年前、彼は一族 の中でもひときわ強く、その名を轟かせては いたものの、見境なく戦いを挑む粗暴さから 一族の長老たちには疎まれていた。

そして、彼が素行を改める気が全くないこと に気づいた長老たちは、彼を追放することを 決め、遠い異界の彼方へと追いやった。

ところが、バラガンはそのこと自体には余り 怒りや復讐の念を持たず、ただただ血に飢え た獣のように強者との戦いだけを求めて彷徨 い続けるのであった。

数十年後、とある異界にてバラガンは謎の黒 騎士と相見え、問答無用で襲いかかった。そ の戦いは熾烈を極めたが、恐らく彼にとって 初めてであっただろう、もはや敗北と言って いいくらいの劣勢を味わわされることとなっ た。

その相手こそが黒覇騎ランフォードである。

二人の戦いを見たエルハザは、ランフォード がとどめを刺すのを制し、バラガンに語りか けた。自分たちとともに来れば、お前が望む 戦いを思う存分提供してやる、と。

死を覚悟していたバラガンは、その提案に乗 り、以降、彼らに加わることになる。その時 点ではまだ、三帥との差は明確になっていな かった。

その後、程なくして、エルハザは魔神ネグ・ オルクスの原型を作り、それを崇拝するべく 「ネグレス」という組織を形成し始め、三帥 と名乗り始めるのであった。

彼らと行動をともにして以降、ランフォード の力を認めたバラガンはその戦いの中から、 次第に単なる戦闘狂ではなく、武人としての 考え、振る舞いを、見よう見まねでしていく ようになる。

それから約百年。

あまたの戦場は彼をネグレスの将軍であり、 正々堂々たる戦いを好む武人として成長させ た。

七魔将であり三帥の一人である魔幻姫シャイ アの存在は謎に包まれている。

彼女は言葉を発することがほぼない。扱う魔 法や術も次空間を操るなど特殊なものが多く その出自や素性については、ネグレスの仲間 たちでさえ、知るものはいない。

ただ一人、エルハザのみが彼女との意思疎通 を行い、その指示で行動をしている。

ランフォードよりも前からエルハザと行動を ともにしていたようで、彼の命に文字通り、 黙々と従っている。

三帥のそのような関係性には、バラガンやメ ルフェルらも薄々感づいているが、そこにつ いて無用な詮索をする者はなかった。

特にメルフェルは、同様に盲目的にエルハザ に付き従う者同士として、シャイアに絶対の 信頼を置いているようだ。

七魔将、四鬼のひとり奇術師メルフェルは、 奇遊軍を率いて、何度も若き騎士たちの前に 現れた。

偵察、陽動、急襲とエルハザの命を受ければ 何でもこなし、特に策謀に長けている彼が、 ネグレスに加わったのは、バラガンより少し 後のことである。

エルハザが目をつけた、とある異界の地を攻 め滅ぼした際に、同地で見出された。

メルフェルは、出身地であるその異界におい て非常に低い身分であったらしく、その世界 を跡形もなく破壊しつくしたネグレスは、彼 にとって侵略者ではなく、救いの神のように 映った。

さらに、奴隷同然に何も持たざる者であった メルフェルを、一瞥しただけで、ともに来い と誘ったエルハザに対し、以降、彼は盲目的 臣従を果たすようになる。

元々持っていた狡猾な頭脳と魔術の才能に加 え、エルハザに対する絶対的忠誠心から、ネ グレスでメキメキと頭角を表したメルフェル は程なくして、一軍を任される身分となる。

エルハザから厚い信頼を得たメルフェルは、 作戦の種類によっては、先輩であるバラガン よりも優先的に任務に抜擢されることもあり 両者の仲はそういった点でも、微妙な様相を 呈していった。

約40年ほど前に、エルガイアのセントクリー クに突如として出現した魔神は、ネグレスの 手によるものであり、その実行を指揮したの は他ならぬメルフェルである。

ネグレス七魔将の黒覇騎ランフォードは、騎 士軍団「黒騎軍」を率いるとともに、三帥と してネグレス全体を束ねる将でもある。

単体の戦闘能力ではネグレス随一とも言われ バラガンやメルフェルも彼の言には無条件に 従うことが多かった。

エルハザやシャイアとは、最初期から行動を 共にしていたと見られ、特にエルハザとは暗 黙の了解でその目的を共有していたと思われ る節がある。

下に従う者たちにとってもそれは明らかであ り、二人が言い争いをすることはおろか、意 見を違えたところさえ目にした者はいない。

全身を包む黒い鎧の下の姿は決して誰にも見 られることなく、その強さは、時を重ねるご とに衰えるどころか、むしろ増していった。

このことから様々な憶測が立ったが、全ては 想像の域を出なかった。メルフェルやバラガ ンなどは薄々その秘密に感づいていたようだ が、やはりそれを口に出すことはなく、長い 年月が経過した。

若き騎士たちがフィルアーム北部に現れた魔 城にて激戦の末に彼を追い詰めた時、その鎧 の中身が初めて他人の目に曝されることと なった。

その姿は複数の生物を組み合わせ、増強を繰 り返したと思われるものであった。ネグレス が各地を征服して捕らえた者たちの中から選 別し、自らの肉体に取り込んでいたであろう ことを想像させる。

その正体に戦慄し、フィルアームの人間たち もまた、その糧となったであろうことに激し い怒りを覚えた若き騎士たちとアクラス召喚 院の面々であったが、ヨシュアだけは別のこ とに思いを巡らせていた。

彼との決戦になる直前に魔城内で得た情報。 ロギオンやミゾ=ドルテの名と、不死、肉体 合成による強化・改造。これらのキーワード から導かれるものとは、一体。

ネグレスが崇拝し、その存在のために行動し ているとされる魔神。

ネグレスという言葉自体が魔神ネグ・オルク スを崇拝する、という意味でもある。

バラガンがネグレスに加わった頃、エルハザ によりその存在が彼らの組織の頂点であるこ とが定められ、その名の元に全軍の力を蓄え 各異界を破壊、征服していくという活動が開 始された。

しかし、その存在をネグレスの一般兵たちが 目にする機会はあまりなく、時折、空間から その巨大な姿を覗かせて全軍を鼓舞すること はあっても、魔神が自ら何かを指揮したり、 直接命令を下すということはなかった。

圧倒的な力を有する、ランフォード、エルハ ザ、シャイアの三帥による「全てはネグ・オ ルクス様のために」という決まり文句が、そ の存在感と盲目的崇拝を支えていた。

若き騎士と召喚師たちが魔城で魔神と相まみ えた時、魔神は何も語らず、ただその猛威を ぶつけてきた。確かにその力は魔神と呼ぶに 相応しいものではあったが、召喚老ルジーナ は同時に大きな違和感を覚えた。

果たして、この魔神は本当にネグレスの主で あったのか?

その疑問は魔神を倒し、フィルアーム全土か らネグレスの気配が消え去った後も拭い去る ことは出来なかった。

ネグレス七魔将、三帥の一人であるエルハザ は謎の多い存在である。

「闇屍軍」を率い、その手下には不気味な合 成生物や不死の部隊が含まれている。

ランフォードとともにネグレスを指揮してい るようにも見えるが、実際にネグレスの行動 を決めているのはエルハザであった。

常に仮面を身に着け、ローブをまとっている ため、直接素顔や肌身を見た者はいない。

シャイアは古くから行動をともにしてきたよ うで、エルハザの方針や命に盲目的に従う。 メルフェルも彼に拾われていることから、完 全な主従関係と言ってもいい関係性。また、 イクスタスで命を救われて、その技術と才能 を買われたグスタフ、および彼が作ったザド もエルハザに逆らう要素は一切ない。

バラガンだけが唯一、その方針にケチをつけ ることがあっても、信望するランフォードで さえ、エルハザと対立することがないため、 やはり事実上、ネグレスを思いのままに動か す存在であった。

どのアジトにおいても、彼の研究設備と思わ れる巨大な培養容器や施設が存在し、それら の目的が何を指しているのかは杳として知れ なかった。

陽動作戦、時間稼ぎ、侵攻の中断、最重要拠 点と思しい魔城での不在……全ての謎が指し 示す先にあるのは、「シダ」という男の名で あった。

エルハザの正体はかつてグランガイアに生き バリウラ帝国にあって、死術師と恐れられた シダその人であった。

シダは、約520年前にグランガイアで神々 と人間の戦いに巻き込まれた。既にバリウラ にて、魂剥術や複数の生命体の合成強化に関 する闇魔術の研究を繰り返していた彼は、自 身をも魔人化して神軍と戦った。

しかし、それは人間やその世界を守るためで はなく、自らの研究成果を思う存分試すこと が出来る好ましい舞台と考えての行動であっ た。

十分にその成果に満足した彼は、もはや人類 が生き残ることはないであろうグランガイア を捨て、別の地に移ることを考えた。彼に魂 剥術を教授した魔神の出身地である異界イ シュグリアに興味を持ち、グランガイア風穴 から同地へ向かおうとしたが、ある人物によ り邪魔が入り、別の異界へと飛ばされてしま う。

最初こそ怒り、落胆したシダであったが、そ の後は再び、魂と肉体を改造し、より強くよ り美しい存在を作り上げる、という意欲と衝 動に突き動かされ、研究を再開する。

そして、シャイアと出会った。

彼女はまだ生まれ出て間もなく、年端もいか ぬ少女の姿をしていたが、シダはその秘めた る力をすぐに見抜いた。それは彼の故郷グラ ンガイアで何度か目にしたことがあり、彼ら がかつて神と呼んだ存在たちと近いものだっ たからである。

なぜシャイアがそこにいたのかは誰も知らな い。しかし、そのまま放っておけば魔獣の餌 食となったであろう彼女をシダは救い、保護 した。

彼の狙いが決して正義ではなく、その力を利 用したいという打算にあったとしても、シャ イアにとって、彼は救いの神であった。そし て恐らくその後、彼女にとってシダは自分を 認め、守ってくれる父のような存在となった であろうに違いない。

彼女の力を得て、さらに研究を続けたシダは 後にグランガイアを訪れる。

やはり人類が滅亡したことを知ると、バリウ ラにあった秘密の地下研究所に、自分の肉体 を隠した。

既に魂を他の肉体に転生させる技術を身に着 けていたシダは、自らの肉体の時間的限界を 悟ると、用意した別の肉体に自分の魂を移し シャイアの力を使って、自身の肉体の時を止 めて保存することを考えた。

その後は、仮初めの肉体を探しては転生を繰 り返し、数百年に渡る研究に没頭する。

長年の研究により、彼の合成術はいよいよ究 極の域に達した。形態も意識も完全に安定し た黒覇騎ランフォードを完成させると、力の みにフォーカスした合成魔神「ネグ・オルク ス」の合成培養を開始。この頃、ネグ・オル クスやランフォードの強化触媒を効率的に集 めるために「ネグレス」を結成した。

表向きは、魔神ネグ・オルクスの崇拝と、ネ グレスによる各地の異界征服を旗印に活動し 着実に勢力を増して、七魔将と各部隊が組成 されていった。

力の合成の面では、ネグ・オルクスの成功を もって研究の完成を遂げることができると彼 は考えた。そして最終目標を、その技術を用 い、自分の元の肉体をベースに最強の合成を 行うことに定めた。

ところが、そこで予期せぬことが起きる。

20年前、グランガイアとイシュグリアにて それまで揺るぎない支配を続けていた神々が 人間たちの手により滅ぼされたというのだ。

驚いた彼は、その原因を探り出した。そして やがて、神々の敗北の原因が、召喚師と呼ば れる人間たちの結束力。彼らが「絆」と呼ぶ 力にあることを知った。

シダは、彼らが持つ力と絆についても研究を 始め、フィルアームに眠る「負」の絆がたま りにたまった絶大なエネルギー「古の悪魔」 の利用を思いつく。

ヒルダとルネを見出した際に、フィルアーム に眠る負のエネルギーに興味自体は持ってい たが、期せずして召喚師たちの戦いぶりから その力の真の価値と彼なりの利用方法を見出 したのだった。

その後の彼の行動は明瞭である。

合成術の面では、ネグ・オルクスの培養を、 各地でかき集めた強力な生命体パーツにより 推し進め、同時にフィルアームに眠る古の悪 魔のエネルギーを最後の仕上げにすべく、同 地の地下に必要な設備を極秘裏に用意。

全ての準備が整った時、彼はフィルアームと グランガイアへの表立った侵攻を指示した。

それは同時に、神々を滅ぼしたエルガイアの アクラス召喚院との宣戦にもつながる行為で あったが、むしろそれは彼の狙いのひとつで もあった。

彼は究極の生命体となった後、その力を試す ための対象として、神をも凌駕した彼らを選 んだのである。

かくして、ネグレスの不可解な侵攻と時間稼 ぎのような陽動作戦、召喚師たちの力を試す がごとき振る舞いの数々が開始される。

全てはシダの計画による筋書き通りの展開で あった。

シャイアにグランガイアで自身のかつての肉 体の封印を解かせ、全てのピースがそろった 時、彼はその姿を消し、フィルアームの地の 底で最後の術を発動させ始めた。

手駒であるネグレスの面々が打ち破られ、召 喚師たちが自分の元へとたどり着くであろう ことがわかった上で……

異界アヴルヘインは、伝説の召喚師と女神 ティリスがアートリア事件の真犯人を追う中 で発見した異界である。発見の際に女神ティ リスがゲートを開いたことで、召喚院からも 行き来ができるようになった。
しかしその界座標はエルガイアからかなり遠 く、他の異界よりもゲートを開くまでに時間 を要している。

女神ティリスから寄せられた報告により、ア ヴルヘインが他とは異なる特殊な異界である ことがわかった。
そこは特定の形を持たず、その場に存在する 者の意志や想いに応じて形を変える特異点で あった。

伝説の召喚師たちが辿り着いた時、そこに神 のような存在はなく、誰が、いつ、何の目的 でこの世界を創出したのかは判明していない

このことについては召喚院内部でも様々な憶 測がなされており、まだ生まれて間もない世 界だと主張する者や、忘れ去られて久しいた めに実体をなくしてしまったと考える者、あ の世とこの世の狭間にある空間だと信じる者 など、現在も多くの研究者たちが議論を交わ している。

詳しくは今後の調査が待たれるところだが、 ひとつだけ確実にわかっていることは、この 世界が召喚術と非常に親和性が高いというこ とだ。

召喚された英霊の抱く想いが強ければ強いほ ど、世界は彼らが有利に戦える地へと形を変 えてゆく。
つまり、英霊が実力以上の力を発揮できるで あろう環境が整うというわけだ。

アートリア事件の黒幕であり召喚師でもある レストークがこの世界を拠点に選んだのは、 そういった理由からであった。
彼は人類を全ての異界から排除するという目 的のために、召喚術を利用しようとしていた のだ。

もちろん生身の人間でも、強い意志があれば 戦況を有利な状況に持っていくことは可能で ある。
現に、伝説の召喚師と女神ティリスは、旅の 中で育んでいった想いを武器に、仲間たちが 増援に来るまでの間をしのぎきっている。

全てが終わった今、異界調査室はこれから大 規模な調査隊をアヴルヘインへ派遣する予定 でいる。
世界の謎が解ける日もそう遠くはない。

大神皇カルナ・マスタは神々の長だけあって多くの神徒を従えていた。レストークはその中の一人であり、序列は低かった。

しかし、レストークは自身に与えられたリゼリアの“塔”を守護するという役目に誇りを持ち、長年にわたって勤め上げた。

グランガイア大戦が起こると、彼は神軍の一員としてリゼリアでの掃討戦に参加する。彼にとって大神皇の命令は絶対である。神の力を存分に振るい、人間たちを滅していった。

だが、人間たちの抵抗は予想以上に強く、神軍にも多くの被害が出た。彼も深く傷を負った一人だった。

傷を癒すため眠りに就いた彼が目を覚ました時、グランガイアではマクスウェル、カルデス、ゼヴァルア、アフラ・ディリスが覇権を争う状況に陥っていた。

主である大神皇はどこへ行ったのか、彼は争乱のグランガイアを歩き回り、情報を集めることに躍起になった。

しかし、真実を知ることができぬうちに、駆逐したはずの人間たちが現れるようになる。

封神ルシアスが人間を異界へ逃がしたという噂は聞いていたが、まさか自身の手駒としてグランガイアへ侵攻させるとは思いもよらなかった。

そして、人間は神々を滅ぼした。

レストークには十神に数え上げられる神々がたかが人間如きに敗れ去ったことが信じられなかった。召喚術の存在を知るまでは。

ルシアスは自分自身が導いた召喚師によって討たれた。この時になってようやく、彼は大神皇がイシュグリアに封じられていることを知る。

当然、彼は主を救出するためイシュグリアへと向かった。そして、そこで戦慄することになる。人間が大神皇を討ったのだった。

召喚術はあまりにも危険だった。人間が神を使役し、神を討つなど、自然界の掟が覆されたようなものだ。

幸いレストークの外見は人間とほとんど変わらなかったため、彼は召喚術のことを知るために、ルシアスの門を通ってエルガイアへと渡った。

このことは非常に重要な点だ。彼にルシアスの門が見えていたという事は、彼にも召喚術を使う条件が整っていたということだ。

こうして、レストークは人間になりすまし、 アクラス召喚院の新人召喚師となった。

彼には目的があった。大神皇の最後の命令、 人間を滅ぼせという命令を遂行するという目 的が……

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